![]()
1993年の冬、コスモが「前部ブドウ膜炎」を発症。目に入る光量を調整する「虹彩」と焦点を調整する「毛様体」を合わせて「前部ブドウ膜」といい、そこが炎症を起こす。次第に視力が低下し、失明する病気である。発見が遅く、治療の手立てはなかった。通常、自力で生きていけない馬は処分されるのだが…。1998年1月、藤森先生がコスモを引き取りたいと立候補。3月末、学校に引き取られることになる。
![]()
1999年春、湊華苗さんが馬術部に入部。1年生の夏、コスモの担当となる。コスモの子どもを作ろうと決意した藤森先生は、2000年4月、北海道の牧場に種付けに出す。相手は北海道にいるフランス馬。リスクの高い種付けだったが、無事に終わり、6月、コスモが高校に帰ってくる。2001年4月、牝馬を出産。華苗さんによりモスカと命名される。当時、コスモは17歳、人間でいうところの68歳の高齢出産であった。
![]()
2001年11月、華苗さんが、コスモで高校生活最後の大会、青森県民馬術大会に出場。左目の視力は失いかけていたが、指示を出せば80cmぐらいの障害は飛び越えたという。映画では障害馬術に出場しているが、実際に出場したのは馬場馬術。成績は14人中8位。同月、モスカが、福島の牧場に引き取られる。モスカは現在、競技馬として調教中。母親譲りの気質を兼ね備え、活躍が期待されている。コスモは、現在も、三本木農業高校にて、部員に見守られながら余生を送っている。
|お問い合わせ|
|
![]() ![]() ![]() |
||||||||||||